最近、TBS系ニュース番組『Nスタ』やABEMA、YouTubeなどで見かける機会が増えている岸谷蘭丸さん。
俳優・岸谷五朗さんと、元プリンセス プリンセスのボーカルで現在はシンガーソングライターとして活動する岸谷香さんの息子としても知られていますが、注目されている理由は「有名人の子どもだから」だけではありません。
一見すると華やかな二世タレントのように見える岸谷蘭丸さんですが、その背景には、病気と向き合ってきた時間や、自分自身の生き方を考え続けてきた経験があります。
この記事では、岸谷蘭丸さんとはどんな人物なのか、両親や幼少期の闘病経験、現在の活動までわかりやすく紹介していきます。
岸谷蘭丸と両親の関係は?親子の上下関係はしっかりしている
岸谷蘭丸さんは、俳優の岸谷五朗さんと、元プリンセス プリンセスのボーカル・岸谷香さんの息子です。
蘭丸さんによると、岸谷家では親子の上下関係がしっかりしているそうです。
そのため、両親に対して「うるせえ」などと暴言を吐いたことはないとのこと。
最近では、親子で友達のように接する家庭も増えていますが、岸谷家の場合は、親を親としてきちんと立てる空気があるのかもしれません。
特に父親である岸谷五朗さんについては、蘭丸さんも一目置いているようです。
父親について「身体が大きくムキムキだから、喧嘩しても勝てない」といった趣旨のことを話しており、父親への恐れというより、どこか笑いを交えた尊敬や距離感が感じられます。
一方で、母親である岸谷香さんとは、また少し違った関係性のようです。
蘭丸さんは母親とよくお酒を飲むことがあるそうで、親子でありながら、自然に会話ができる近い関係でもあるようです。
ただし、仲が良いからといって、友達のように何でも許される関係というより、根底にはきちんとした親子の線引きがあるのでしょう。
それでも、2012年にプリンセス プリンセスが再結成した際には、家族で東京ドーム公演に足を運んだそうです。
岸谷香さんはそのボーカルとして、数々のヒット曲を世に送り出し、日本武道館でもライブを行ってきた人物。
蘭丸さんも、母親について「ヒット曲も出して、武道館でもライブをしている」として、素直に尊敬しているようです。
岸谷家の親子関係は、厳しさと信頼感のバランスが取れた、芯のある関係なのかもしれません。
岸谷蘭丸は何の病気?その闘病生活とは?
岸谷蘭丸さんは、幼い頃に小児リウマチを発症していたことを明かしています。
現在では、若年性特発性関節炎とも呼ばれる病気で、蘭丸さんが発症したのは3歳頃だったそうです。
さらに、当時は障害者手帳も持っていたといいます。
病気の症状が特にひどかったのは、4歳から6歳くらいの時期。
物心ついた頃から体調が悪い状態だったため、本人にとってはそれが「普通」のようになっていた部分もあったようです。
大人であれば「ここが痛い」「いつもと違う」と言葉にできますが、幼い子どもにとって、自分の身体の異変を正確に伝えることは簡単ではありません。
蘭丸さん自身も、体調が悪いことに対して「おかしいな」という感覚をうまく説明できなかったことが大変だったと振り返っています。
小児リウマチのような病気は、外見だけではわかりにくい面があります。
見た目には元気そうに見えても、本人の中では関節の痛みやだるさ、違和感を抱えていることがあります。
しかも子どもの場合、「どこがどう痛いのか」「どんなふうにしんどいのか」をうまく言葉にできません。
そのため、本人だけでなく、そばで見守る家族にとっても難しい病気だったのではないでしょうか。
子どもながらに親の大変さを感じていた
蘭丸さんは、自分よりも周囲の大変さを感じた時期について、小さい頃から何となく察していたのではないかと話しています。
もちろん、当時は自分自身も病気と向き合うことで必死だったはずです。
痛みや入院、治療の不安を抱えながら、周囲を気づかう余裕が十分にあったとは言えないかもしれません。
それでも、子どもは大人が思っている以上に、親の表情や空気を感じ取るものです。
蘭丸さんも、親が大変そうにしている姿を感じると、しんどくても気丈に振る舞ったり、必要以上に「大丈夫だよ」と言ったりしていたそうです。
それは、はっきりと「この時から」と区切れるものではなく、自然とそうなっていった感覚だったようです。
子どもは自分のことで精いっぱいに見えても、実は周囲の感情をとても敏感に受け取っている。
蘭丸さんの言葉からは、幼いながらも親を心配し、家族の空気を感じながら過ごしていた様子が伝わってきます。
入院が決まる瞬間がいちばん嫌だった
闘病生活の中で、蘭丸さんが特につらかったのは、入院が決まる瞬間だったそうです。
体調が悪くなって病院を受診し、医師から「また入院しようか」と言われる。
その瞬間、蘭丸さんは「終わったな、人生の終わりだ」と感じるほど嫌だったと振り返っています。
蘭丸さんの場合、入院は何か月も続くような長期入院ではなく、3日から4日ほどの短い入院を何度も繰り返す形だったそうです。
大人から見れば、3日から4日は短く感じるかもしれません。
けれど、子どもにとっての数日はとても長いものです。
家に帰れない。
自由に遊べない。
いつもの生活から切り離される。
その時間は、幼い蘭丸さんにとって大きな負担だったのでしょう。
入院中はやることもなく、本当に暇だったといいます。
ただ、その時間があったからこそ、本をたくさん読むようになったそうです。
つらい経験ではあったものの、読書に触れる時間が増えたことは、今の自分にとってプラスになっている部分もあると語っています。
9歳で新薬の治験に参加し、10歳で寛解へ
蘭丸さんの病状に大きな変化があったのは、9歳のときでした。
小児リウマチの治療として新薬の治験に参加し、その後、10歳で症状が落ち着く「寛解」の状態になったそうです。
寛解とは、病気が完全になくなったという意味ではなく、症状が落ち着いている状態のことです。
蘭丸さんも、10歳以降は治療をまったくしておらず、特別な薬を飲むこともなかったといいます。
ただ、完全に何の不安もなくなったわけではありません。
体質の問題なのか、感染症にかかりやすかったり、熱を出しやすかったりすることはあったそうです。
そのため、10歳以降は「病気の治療を続けている子」というよりも、少し体が弱い子という感覚で生活していたようです。
岸谷蘭丸はLGBTQ?そのジェンダーとは?
蘭丸さんは自身のYouTubeチャンネルで
「ジェンダーについて、告白したい【LGBTQ】」というタイトルの動画を投稿していました。
その中で蘭丸さんは、自身について
「ゴリッゴリの男」
「まごうことなき生粋の男」
と語っています。
では、なぜこのテーマをあえて取り上げたのでしょうか。
蘭丸さんによると、過去には自分のことを「LGBT」や「Q(クエスチョン)」だと話していた時期があったそうです。
しかし、その理由について蘭丸さんは、アメリカで生活していた当時の経験を振り返りながら、
「完全に圧力でそうさせられた」
と説明しています。
当時の蘭丸さんは、髪が長く、メイクもしていたため、周囲から「それなのに男なのか」という目で見られることがあったようです。
つまり、本人としては男性であるという認識だったにもかかわらず、外見や雰囲気だけで「男性らしくない」「普通ではない」と判断され、何かしらのジェンダー的な枠に当てはめられてしまった、という感覚があったのかもしれません。
蘭丸さんはこの経験を通して、アメリカについて「自由の国だと思われがちだが、実際にはそうではない」と感じたようです。
一方で、日本については、見た目やファッションの自由度が高く、男性が髪を伸ばしたりメイクをしたりしても、それだけで性別や性的指向を決めつけられにくい面があるとして、「日本はジェンダーの先進国」といった趣旨の発言をしています。
もちろん、ジェンダーに関する考え方は国や地域、個人の経験によって大きく異なります。
ただ、蘭丸さんの発言から見えてくるのは、
「見た目」と「性自認」を簡単に結びつけられることへの違和感です。
髪が長いから。
メイクをしているから。
中性的な雰囲気だから。
それだけで、その人の性別や内面まで決めつけることはできません。
蘭丸さんは、自身の経験を通して、外見だけで人を判断することの危うさや、「自由」と言われる社会の中にも見えない圧力があることを伝えたかったのかもしれません。

